Column SORA

醍醐味は引退してから

学生スポーツ経験と社会経験との相関性


 

小学生、中学生、高校生、大学生…どのステージでも、学生スポーツは、必ずどこかの段階で「引退」を迎えます。

世間一般では、現役時代に華やかな舞台で、どれだけの戦績を残してきたかに注目されがち。

それがキッカケで、プロの世界に進む人生の岐路になることもあるでしょうが、それはほんの一握りの人達。

 

実は、学生スポーツの醍醐味は…競技生活で培ってきたことを、次にどう活かすかという点にあります。

なぜなら…競技生活の時間よりも、引退してから社会生活を過ごす時間のほうが、遥かに長いからです。

 

そうだとしたら…ココロとカラダに染み込んだ経験は、いかに社会で活かしていくかこそ、醍醐味に変わっていきます。

その学生スポーツをバスケットボールを喩えに出して、何年も前に、個人的にTwitterで連投していた子供達へのメッセージがあります。

 

ところが…コレは、オトナになってから、その時の新鮮な気持ちも忘れていることもあるのか…案外オトナ達からの反応がめちゃくちゃ多かったんですね。

そこで、当時連投していた140字をココにあらためて記しました。

 

  

  

次に備える気持ちの切り替え

  • 部活バスケ引退も多いこの時期…指導環境に恵まれた子も、そうでなかった子も…引退した次の日からの過ごし方が大切。バスケで得た感動と苦い思い出は、必ず次へ活かそう。真摯な姿勢で気持ちを切り替えるべき人生ステージは何度もくる。常にトラジション(次への切り替えと備え)大切。
  • シュートを決めた後に気を抜かずにすぐにDF。シュートを外しても気を落とさずにすぐにDF。挑戦が成功しても失敗しても、すぐに次に備える…これは社会人大人になってからも求められる姿勢。学生バスケで染み込ませたその姿勢は、役に立つ時が必ず来る。

  

チームで学んだ「作業」と「仕事」の違い

  • 味方にシュートを決めてもらいやすい丁寧なパスを出すのが「仕事」。相手を思いやらない雑なパスは「作業」…つまり『誰かの役に立てること・その人の笑顔を思い描いて行動するかどうか』で、その後のチームの成果が大きく変わる。バスケはそれを学ぶ場。コレ…大人の職場でも同じ。
  • 「仕事」をしようとする人は、日頃から指示内容の本質を理解し、自分にできることを探そうとするため「不測の事態」の対応能力も養える。「作業」しかしない人は、指示内容と違う状況が生じた時の対応能力は薄い。不測の事態への対応能力が高いミニバスケチームは強い。大人も同じ。
  • とりあえず目の前の「作業」には取り掛かろうとはするが、手に負えないと他の人に委ねる、または、誰かやってくれるだろうと知らんぷりする人は大人でも多い。自分がやるべき「仕事」を自分で見つけ、最後まで全うする習慣は、徹底したマンツーマンDFをするミニバスケから養える。

  

  

  

スポットの当たらないところでの働き

  • 「自立」は、親に頼らなくても自分で立てる力、大人に言われなくても自ら行動しようとする力。その先に、自分で選んだ道は自分で責任を持ち、甘えを封じるためにも自分を律する姿勢が出てくる。だから、「自立」は「自律」も産む。稚拙な大人こそ、ミニバスケから学ぶべき点も多い。
  • たった一つのナイスDF、ナイスリバウンド、ナイスパスやナイスブロック。目立たずともその仕事はチーム貢献であり、次へのつながりの一歩。毎日高い意識で取り組んでいる姿勢が判るその一瞬に最大の賛辞を贈ろう。社会に出ても、そういう人が求められるから。
  • ミスした事への罵声や怒号よりも『スコアに表れない仕事』をした人への称賛が大切。必死にルーズに飛び込む・体格劣勢でもステイローでポジションを死守する・懸命にリバウンドフォローに走る・素早くタオルや水筒を差し出すなど…着目すべき点はたくさんある。大人の職場でも同じ。
  • スタメン、ベンチスタートの控え、ベンチ入りできない者…それぞれ仲間と一緒に夢を掴むために、常に「今の自分にできる仕事」を探し続ける者の集団は、日常生活でも一味違う。人に言われる前に、まずは自分で考え行動に移せる人が集まる組織は常に輝いている。大人の職場でも同じ。
  • 社会に出たら、理不尽なことや、想い描いていたとおりに事が運ばれないことばかり。だからといって、人に頼ってばかりや、依存しては残念。学生バスケで身に染み込ませた「自分にできる仕事を率先してやる姿勢」は、社会でも誰かが見てくれている。価値創造力は能動的実践力が基礎。

  

きれいごと…大いに結構!

  • 敵は相手チームではない。自分と相手との身体能力の比較で勝負は決まらない。君の心のスキが出来たら必ずやられる。どんな対戦相手であろうと、闘う相手は常に自分自身。自分に強い子は高い壁こそワクワクする。君が社会に出た時、自分に挑んだ経験が役に立つ。
  • 「理想ばかり求めても試合に勝てない」はたしてそうか?キレイごと大いに結構!人を蹴落としても勝ち抜くという今の経済社会と似たよう少年スポーツ指導ではなく、我々は心豊かな子供を輩出したい。子供達の『心』をさらに「正しく」「強く」「美しく」するチームは…必ず強くなる。
  • 頂点を目指すのは良い事だが「意味」がある事にしてほしい。「目指した先で、自分はどういう人間になっていたいか」という信念があることが学生バスケでは大切。信念なき頂点は、一過性の笑顔に止まる可能性もあるが、頂点未到達であっても、育まれた信念は「人としての芯」となる。

  

    

 

輝かせるも曇らせるも…その後の生きざま次第

  • 競技生活の経歴はその後の本人の努力次第でいくらでも輝きも曇りもする。人に必要とされるのは、経歴よりも強くて優しい人柄と価値創造力。強い感謝の気持ちを軸に人間形成を磨くためにミニや学生バスケがある。親がそれを理解しないと、経歴ばかりにこだわる危険な方向に行くこともある。
  • 世の大人達のモラル低下や、心豊かさを失った経済スタイルの話と、学生バスケやミニバスケでの人間形成の話を結びつけることは、強引とは思っていない。人に喜んで頂くための「自己研鑽・工夫・仲間づくり・共感・笑顔」…その大切なものを自主的に気づき、築ける親子を多く輩出したいから…。
  • 自由には責任が伴う。しかしブレーキが利かなくなった自由経済の成れの果てが、経済効果という自分勝手な理由の正当化。自分さえ良ければイイという風潮の乱開発や経済姿勢は、そろそろ敬遠されてもイイ。心豊かさを今取り戻さないと、自然の摂理から本当の自由が奪われる時が来る。

  

天下はカネではなく人の笑顔と感謝で回したい

  • 子供達は規律だけでなく、自由と自主性で潜在能力が伸びる。自由には責任が伴うからこそ、多くの失敗と小さな感動を自ら繰り返せる環境を与えたい。ミニバスケではその成果が全てチームに跳ね返るため「責任」を実感できる。刹那的な今の日本だからこそ「心豊かな親子共育」が必要。
  • 金払う俺を満足させろ!…この姿勢だけでは世の中ギクシャクする。私は債権者だから、ひれ伏して債務を履行しなさいと言わんばかりで、日頃あなたも人様に喜んで頂いた成果でお金を得ていることを忘れた瞬間。カネは天下の回りもの?ボクらはカネではなく、人の笑顔と感謝で回したい。

  

もっと大切なのは「親子会話の機会」

   

さて、こうしたTweetをしてきた当時、象徴的なことが起きました。

 

たくさんのメッセージが寄せられた大半が「子供に読ませます!」というものだったのです。

 

そこに一つの注意点も浮かびます。

「読ませます」だけで済ませていないだろうかと…

 

ボク自身、この当時Tweetしていることも、全てどこか「はたして…自分自身は、社会の中で、職場で、オトナとしてココにつぶやいたメッセージどおりのことができているだろうか」という自戒の念を込めて綴っていたことです。 

  


つまり…「読ませます」ではなく、どこか響くことがあるとすれば、ぜひご自身の中でも咀嚼して頂きたいのです。

そして、その後に、ぜひお子さんとの対話の機会、お子さんと向き合う機会として、活用頂ければ嬉しいと思っています。

 

「読ませます」よりも、ご自身もまだまだ足りない部分があるとすれば、自分も成長していくから、一緒に成長していこうという感じ。

それほどお子さんにとって嬉しい言葉はないと思います。

 

いくら「共感できる文章」だからと言って、単に「読んでおけ」というスタンスより、共に歩もうというスタンスほど、お子さんにとって心強いものはありません。ヒトが描いた文章より、親御さんの姿勢こそ、子供に響くものはありませんから!

 

  


 

   

ちなみに…「レーベルそら」プロデューサーの河合は、「ミニバスケを使って親子の心豊かさが育まれる土壌づくり」として躍心JAPANフェスティバルということを、任意に開催していたりします。

下記に関連するfacebookページを紹介しておきます。

 

  • 躍心JAPANは…大きく成し遂げた成果だけではなく、大きく頷ける小さな輝きにスポットを当ててあげる「笑顔のゲリラ的応援団」



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